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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)2488号 決定

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人森田博之の上告趣意第一は、憲法三一条違反をいうが、記録によれば、本件罪となるべき事実は、第一審判決掲記の証拠のうち被告人の所論各供述調書を除くその余の各証拠によつて優にその認定を妨げないのであつて、所論勾留の適否及び被告人の各供述調書の証拠能力の有無のいかんを問わず、原判決が証拠によらずして犯罪事実を認定したものといえないことは明らかであるから、所論は前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文、刑法二一条により主文のとおり決定する。

この決定は、弁護人の上告趣意第一に関する裁判官団藤重光の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

記録に徴すれば、本件緊急逮捕は刑訴法二一〇条に規定する「死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」の要件を充たしていたと認めることができないわけではない。しかし、憲法三三条のもとにおいては、緊急逮捕は、とくに厳格な要件のもとにはじめて合憲性を認められるものというべきであり(当裁判所昭和二六年(あ)第三九五三号同三〇年一二月一四日大法廷判決・刑集九巻一三号二七六〇頁、なお、団藤・新刑事訴訟法綱要七訂版三四〇頁以下、団藤・「刑事裁判と人権」公法研究三五号一〇〇頁以下参照)、私見によれば、犯罪の重大性、嫌疑の充分性および事態の緊急性の要件のほかに、逮捕状が現実の逮捕行為に接着した時期に発せられることにより逮捕手続が全体として逮捕状にもとづくものといわれうるものであることが必要である。そうして、もし逮捕状の発付がかような限度をこえて遅延するときは、被疑者はただちに釈放されるべきであり、引き続いて勾留手続に移ることは許されないものと解しなければならない。原判決の認定によれば、被告人が「実質上逮捕されたと認める余地のある」のは当日の「正午頃か遅くとも同日午後一時三〇分頃」であつたのにかかわらず、午後一〇時ころになつてはじめて逮捕状の請求があり、同日中に逮捕状の発付をえたというのであつて、当日が休日であつたこと、最寄りの簡易裁判所までが片道二時間を要する距離であつたことを考慮に入れても、とうてい本件緊急逮捕の適法性をみとめることはできない。原判決は、実質上の逮捕日時から四八時間以内に検察官送致が行われたことを挙げ、勾留請求の時期等についても違法は認められないと判示するが、緊急逮捕として許される時間を経過した以上、四八時間以内であつても即刻、被疑者を釈放しなければならないことは前述のとおりであり、したがつて、この違法は勾留をも違法ならしめるものというべきである。かようにして、この勾留中に作成された被告人の供述調書は証拠能力を欠き、これを有罪判決の基礎とした第一審判決およびこれを支持した原判決には、この点において法令違反があるものといわなければならない(原判決では逮捕中に作成された被告人の供述調書だけを除外している)。

ただ、原判決によつて支持された第一審判決の挙示する証拠をみると、逮捕・勾留中における被告人の供述調書を除いても、その余の証拠によつて優に原認定を肯認することができ、結局において、右法令違反は判決に影響を及ぼさないから、いまだ刑訴法四一一条を適用すべきものとはみとめられない。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

弁護人森田博之の上告趣意

第一、原審及び第一審に於ける判決並びにその訴訟手続には次の様な憲法違反があり、これらの違反は右判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄せられるべきものと信ずる。(刑事訴訟法第四一〇条、同四〇五条)

一、まず、憲法第三一条に規定する法定手続の保障に違反することである。

刑事訴訟法は右規定にもとづき「事実の認定は証拠による」旨規定している。

しかるに、本件は捜査機関の違法な収集手続によつて収集した証拠能力のない非証拠によつて事実を認定したものであつて憲法に反するものである。

二、すなわち、第一審(但し原審に於いて初めて被告人の司法警察員に対する昭和四八年一月一六日付供述調書を除くとする)を通して被告人に対する有罪事実を認定する証拠として左記のものを使用していることである。(第一審判決証拠の標目)

(2) 被告人の司法警察員に対する昭和四八年一月二二日付、同月二三日付および同月二五日付各供述調書

(3) 被告人の検察官に対する供述調書二通

しかしながら、これらのものは被告人の違法な勾留中に作成されたものであつて証拠能力がなく、証拠として使用できないものである。

三、これに関しては既に、第一審及び原審に於いて本件の被告人に対する緊急逮捕の違法が認められ、ただこの瑕疵はその後実質上、被告人が逮捕されてから刑事訴訟法第二〇三条、同二〇五条の法定の身柄拘束期間内に送致、勾留請求がなされているから勾留手続の違法には及ばないと解し、同勾留中収集された前記証拠なるものは証拠能力があると判断したものと解される。

しかしながら、当職は前記見解は妥当でないと考えるものである。

そもそも、本件はまず、被告人は田辺駅派出所から串本警察署周参見警部派出所までの間に令状なくして違法に逮捕されたことである。

この令状なしの逮捕は令状主義を原則とする憲法上、現行犯以外(本件の場合現行犯でない)は許されないものであつて、これを緊急逮捕としても本件の場合にはその要件を欠き(逮捕理由の告知手続等欠き)緊急逮捕とも見ることはできない。

当職はこの違法な逮捕を重要視するものである。

捜査官憲はこの段階では手続の公正を期するため被告人を即時釈放すべきであり、再逮捕の必要あれば令状による通常逮捕をすべきであつたのである。しかるに右警部派出所に被告の身柄が到着するや、今度は緊急逮捕として被告人の身体を継続して拘束し、しかもこの緊急逮捕も原判決等によつて指摘されている如くその急速性を欠くものであつて違法なものである。この様に被告人は捜査官憲の二重の違法な手続によつて身体を拘束されたわけである。

そして、その後、串本簡易裁判所の裁判官から逮捕状の発付があつたのであるが、この時も本件の如く緊急逮捕の要件に欠けるのであるから同裁判官としては右令状を却下すべきものであつたのである。

いずれにも、一歩譲つても右令状の発付により緊急逮捕後の被告人の身柄の拘束は一応適法としても、緊急逮捕前の違法逮捕はどうなるのか。

当職は最初の違法逮捕はその後の緊急逮捕についても違法性(瑕疵)を帯びると考える。

そうでなければ憲法が手続の公正を厳格に規定して人権の保障をしている趣旨に悖るからである。

四、そこで、次に考えなくてはならないのは、この様な違法逮捕に基いて検察官が裁判所へ勾留請求をしたことである。

この点前述の如く原判決の理由では、法定の身柄拘束期間内に送致、勾留請求の手続がなされたのだから勾留の請求及び勾留は適法と考えている様であるが、刑事訴訟法第二〇三条、同第二〇五条の規定は「逮捕が適法」であることを前提とする場合であつて(違法な逮捕の場合には勾留請求が許されないことは学説上異論のないところであるが)本件の如く逮捕が違法な場合には逮捕前置主義の立場から即時釈放すべきであつて、仮え形式的に右法条の時間内に右各手続が行われたとしても勾留手続の違法性までも消滅するものではないと考える。

そして、抑留中は勿論この勾留手続による勾留中に捜査官憲が作成、収集した被告人の供述調書は人権擁護の立場から「任意性がない」ものとして、証拠能力を否定すべきものである。

以上の次第で、原審並びに第一審が証拠能力のない前掲被告人の各供述調書を有罪判決の認定に使用したことは「証拠によらずに認定した」ものであつて、これは憲法第三一条の「法定手続の保障」に反するものである。〈以下省略〉

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